東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)82号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)及び二(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、審決を取り消すべき事由の存否について検討する。
成立に争いのない甲第二号証、本願意匠登録願書に添附された図面代用写真と同一の写真であることに争いのない乙第三号証の一・二によれば、本願意匠は、意匠に係る物品を「インターホン」とし、縦長箱体状とした裏箱の前面に当該裏箱と縦横構成比がほぼ同じで、全体をやゝ大きくした前面板を設けたものであること、前面板の正面には、凸状の細幅縦筋多数本を、呼出し釦の部分を除き、上端から下端にかけて連続して全面に形成していること、細幅縦筋には幅の広いものと狭いものとがあり、それらが交互に隣接して配列されているが、広狭いずれの縦筋も幅が不均一であること、幅の広い方の縦筋の表面には、五本の節状の横線をほぼ等間隔に配していること、スピーカ部分を前面板の正面の上方中央に縦長透孔数本により円形状に現し、その下方右寄りに明調子により現した小円形状の呼出し釦を設けていること、前面板の正面全体を中間調子として現していることの各事実が認められる。
他方、成立に争いのない甲第四号証、引用意匠の類似意匠登録願書に添附された図面代用写真と同一の写真であることに争いのない乙第四号証によれば、引用意匠は、意匠に係る物品を「インターホン」とし、縦長箱体状とした裏箱の前面に当該裏箱と縦横構成比がほぼ同じで、全体をやゝ大きくした前面板を設けたものであること、前面板の正面には、凸状の縦長小矩形多数個を、呼出し釦の部分を除き、上端から下端にかけて全面に形成していること、縦長小矩形は縦幅及び横幅を異にする多様の形状よりなり、それらは、横方向においては、互いに一部分を隣接して並列しているが、縦方向においては、不均一な間隔をもつて配列されていること、スピーカ部分を前面板の正面の上方中央に縦長透孔多数本により円形状に現し、その下方右寄りに中間調子により現した小矩形状の呼出し釦を設けていること、前面板の正面全体は中間調子として現しているが、凸状の縦長小矩形には全体にわたりほぼ交互に明度差があり、明度の強い小矩形が他の小矩形とは区別され浮かび上がつて看取されること、の各事実が認められる。
被告は、引用意匠の前面板の正面に形成されているものは、凸状の細幅縦筋多数本であり、ただそれがやゝ長い切れ目やごく短い切れ目などによつて区切られているにすぎないのであつて、凸状の縦長小矩形が形成されていることはない旨主張するが、右主張は採用できない。
ところで、前記認定のとおり、本願意匠及び引用意匠は、意匠に係る物品を「インターホン」として一致するものであるが、右両意匠に係る物品であるインターホンは、その物品としての性質上、需要者によつて、主として前面板の正面から観察されるものであることをも考慮すると、右正面の模様が看者の注意を最も惹きやすい要部であるというべきである。
そこで、本願意匠と引用意匠における各前面板の正面の模様を対比すると、前記認定のとおり、(イ)本願意匠においては、凸状で、幅の広いものと狭いものとがあり、更に広狭いずれのものも幅が不均一な細幅縦筋多数本が、上端から下端にかけて連続して、交互に隣接して配列されており、幅の広い方の縦筋の表面には五本の節状の横線がほぼ等間隔に配されているのに対し、引用意匠においては、凸状で、縦幅及び横幅を異にする多様の形状の縦長小矩形多数個が、上端から下端にかけて、横方向においては互いに一部分を隣接して並列し、縦方向においては不均一な間隔をもつて配列されている(ちなみに、本願意匠における幅の広い方の縦筋は竹のイメージを想起させるが、引用意匠における縦長小矩形は、全く右のようなイメージを想起させるものではない。)、(ロ)本願意匠における呼出し釦は小円形状で、明調子により現されているのに対し、引用意匠における呼出し釦は小矩形状であつて、中間調子により現されている、(ハ)前面板の正面全体は、両意匠とも中間調子として現されているが、引用意匠における凸状の縦長小矩形には全体にわたりほぼ交互に明度差があり、明度の強い小矩形が他の小矩形とは区別され浮かび上がつて看取される、という差異があり、これらの差異は、全体として、前面板の正面の模様について看者に極めて異なつた印象を与えるものであつて、要部における著しい差異として異なる美感を起こさせるものというべく、本願意匠は引用意匠に類似していないものというべきである。成立に争いのない乙第一、二号証(いずれも意匠公報)の存在は、叙上認定を妨げるに至らない。
以上のとおりであつて、本願意匠は引用意匠に類似するとした審決には、両意匠の類否の認定、判断に誤りがあり、その誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、審決は、違法として取消しを免れない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由があるから、これを認容する。
〔編註その一〕 本件における請求原因および被告の答弁・主張は左のとおりである。
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和五三年一二月二三日、意匠に係る物品を「インターホン」とする別紙第一に表示のとおりの意匠(以下、「本願意匠」という。)につき、意匠登録出願(昭和五三年意匠登録願第五四五〇三号)をしたが、昭和五六年二月二三日拒絶査定を受けたので、同年五月二八日審判を請求したところ、昭和五六年審判第一〇九九五号事件として審理された結果、昭和六〇年三月一五日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年四月一七日原告に送達された。
二 審決の理由の要点
本願意匠は、願書の記載及び願書添附の図面代用写真によれば、意匠に係る物品を「インターホン」とし、形態を別紙第一に示すとおりとしたものであり、その要旨は次に述べるとおりである。
すなわち、縦長箱体状とした裏箱の前面に、当該裏箱と縦横構成比が同じで全体をやゝ大きくした前面板を設けたものとし、その正面について、凸状とした細幅縦筋多数本を上端から下端にかけて連続して全面に形成したものとし、スピーカ部分を上方中央に縦長透孔多数本により円形状に現し、その下方右寄りに呼出し釦を設けて基本形態を構成しているものである。
そして、具体的構成態様において、細幅縦筋については、幅を不均一とした各縦筋を隣接して配列したものとし、各縦筋表面に短い節条数個を縦に設け、全体を中間調子として現したものであり、呼出し釦については、小円形状とし、明調子により現したものである。
これに対し、本願の先の日の出願にかかる意匠登録第四二九〇二七号類似第三号(昭和五二年八月四日出願、昭和五二年意匠登録願第三一二一一号、昭和五三年一二月二六日登録)の意匠(以下、「引用意匠」という。)は、願書の記載及び願書添附の図面代用写真によれば、意匠に係る物品を「インターホン」とし、形態を別紙第二に示すとおりとしたものであり、その要旨は次に述べるとおりである。
すなわち、縦長箱体状とした裏箱の前面に、当該裏箱と縦横構成比が同じで全体をやゝ大きくした前面板を設けたものとし、その正面について凸状とした細幅縦筋多数本を上端から下端にかけて全面に形成したものとし、スピーカ部分を上方中央に縦長透孔多数本により円形状に現し、その下方右寄りに呼出し釦を設けて基本形態を構成しているものである。
そして、具体的構成態様において、細幅縦筋については、ほぼ同じ幅とした各縦筋を隣接して配列したものとし、各縦筋において不均一な間隔を所々に設け、全体を中間調子により現したものであり、呼出し釦については、小矩形状とし、中間調子により現したものである。
そこで、両意匠を比較すると、意匠に係る物品は同一であり、形態については、前述した基本形態において一致しているものである。そして、前面板の細幅縦筋及び呼出し釦の具体的構成態様については前述したとおりであつて、そこには一定の差異が認められるものである。
ところで、この種の物品の属する分野において、裏箱の前面に縦横構成比が同じで全体を大きくした前面板を設け、その正面中央にスピーカ孔を設け、その下方に呼出し釦を設けた態様は本願の出願前より普通に知られているものであり、両意匠の要部はその正面の構成態様にあるものと認められる。
そこで、両意匠の共通点及び差異点を総合し、全体としての類否について考察すると、両意匠の形態は、前述した基本形態において一致しているものであるが、その内でも、とりわけ、正面について凸状とした細幅縦筋多数本を形成した点は、両意匠に共通する際立つ特徴を呈するものであつて、要部におけるこの特徴的態様は両意匠の類否を左右するところと認める。
これに対し、差異点は、その部分のみを注視すればこれを摘記することができる程度に止まり、両意匠の形態全体のなかでこれを捉えた場合には、要部における前述した特徴的態様が差異点を圧倒して両意匠の共通感を醸し出しているものであるから、その差異は軽微なものと認める。
してみると、意匠に係る物品が一致し、要部の態様において一致している両意匠は、具体的構成態様において軽微な差異点を具有するとしても、なお、類似するものであるといわざるをえない。
したがつて、本願意匠は、意匠法第九条第一項に規定する類似の意匠について、最先の出願にかかるものと認められないから、その意匠について登録を受けることができない。
三 審決を取消すべき事由
審決は、本願意匠と引用意匠の要部である前面板の正面の模様について、その認定を誤り、ひいて、類否の認定、判断を誤つて、本願意匠は引用意匠に類似するとした違法がある。
以下詳述する。
1 本願意匠及び引用意匠に係る物品はいずれも審決認定のとおりインターホンであり、その用途から、前面の形状及び模様が最も看者の注意を惹くものであるが、両意匠の前面の基本形態は、ともに縦長長方形の前面板の上部にスピーカ孔、下部にマイクロホン孔及び呼出し釦を設けたもので、これはよく知られた形状であるから、格別の創作性はなく、両意匠の要部は、前面板の正面の模様にあるということができる。したがつて、両意匠の前面板の正面の模様が看者に異なる美感を起こさせるものであるときは、両意匠は類似していないものというべきである。
2 本願意匠の前面板の正面の模様は、一〇本の凸状の細幅縦筋を、呼出し釦の部分を除く全面に、上端から下端にかけて連続して配し、各凸状細幅縦筋は、凸状の高さをほぼ一定とし、その幅を不定とし、左右に無秩序に曲がつて曲線を構成しており、凸状細幅縦筋に五本の横線がほぼ等間隔に配されて縦筋を節状に区切つており、全体を中間調子として現し、呼出し釦は小円形とし、明調子をもつて現したものである。
これに対し、引用意匠の前面板の正面の模様は、全面に、高さ、縦幅、横幅及び明度の異なる凸状の縦長小矩形を、上端から下端にかけて直線的かつ平行線的に多数配し、スピーカ部分は開放部分と閉鎖部分を交互に配し、全体を中間調子をもつて現し、呼出し釦は小矩形とし、中間調子をもつて現したものである。
3 右のとおり、本願意匠は、とぎれのない凸状細幅縦筋が、これに配された横線により節状に区切られているところが看者に強く印象づけられ、看者をして、「竹」のイメージを起こさせるものである。更に、直線、平行線、相似図形を排して、各線に自然な曲がりを採用することにより高級感のある工芸品のイメージをつくり出している。
これに対し、引用意匠は、点々と無数に配された凸状小矩形、とりわけ、明度の最も高い小矩形が看者に強く印象づけられ、看者をして、「壁面に配された小石」、又は「海上に点在する島」のイメージを想起させるものである。更に、直線、平行線、相似図形を採用しているところも引用意匠の特徴である。
4 以上のとおり、本願意匠の特徴は凸状細幅縦筋にあり、引用意匠のそれは全面に市松模様又はモザイク模様風に配した凸状縦長小矩形にあつて、本願意匠と引用意匠の要部である前面板の正面の模様には著しい差異があり、看者をして異なる美感を起こさせるものであることは明らかであり、需要者に混同を生ぜしめるおそれは全くない。
よつて、本願意匠は、全体として、引用意匠とは別異のものであり、類似していない。
第三 被告の答弁及び主張
一 請求の原因一及び二の事実は認める。
二 同三は争う。審決の認定、判断は正当であつて、審決に原告が主張するような違法はない。
原告は、本願意匠の各凸状細幅縦筋は、左右に無秩序に曲がつて曲線を構成しており、本願意匠においては直線、平行線が排されている旨主張するが、本願意匠における各細幅縦筋は、子細に観察すれば、多少の凹凸や曲がりがあつて幅が不均一であることは認められるとしても、部分的に短い直線(又は傾斜した直線)が各所に現され、ほぼ直線的な縦筋が上端から下端にかけて全面に、互いに隣接して配列されているものであり、そこには当然平行線も多数現されているものであつて、原告の右主張は失当であり、審決の認定に誤りはない。
次に、原告は、引用意匠の前面板の正面の模様について、全面に、高さ、縦幅、横幅及び明度の異なる凸状の縦長小矩形が上端から下端にかけて、直線的かつ平行線的に多数配されている旨主張するが、引用意匠の各縦筋は全体がほぼ同じ高さであつて、採りあげるべきほどの高低の差異は認められないし、各縦筋の横幅には若干の広狭の差異があるとしても、この差異は本願意匠の各縦筋の横幅の差異よりも小さい程度であつて、各縦筋はほぼ同じ幅であるとした審決の認定に誤りはない。
そして、引用意匠の各縦筋の明渡には若干の差異が認められるとしても、その差異は明調子対暗調子の差ほど大きいものではなく、全体を中間調子により現したものであるとした審決の認定に誤りはない。
また、原告は、引用意匠は、点々と無数に配された凸状小矩形、とりわけ、明度の最も高い小矩形が看者に強く印象づけられ、看者をして、「壁面に配された小石」、又は「海上に点在する島」のイメージを想起させるものである旨主張するが、引用意匠の前面板の正面の明度は全体がほぼ同じ明度であつて、特に明度差が著しいものではなく、中間調子に現したものであるから、明度の最も高い小矩形が看者に強く印象づけられるということはないし、引用意匠の細幅縦筋には途中が区切れている部分が認められるとしても、その切れ目はやゝ長いものやごく短いものなどがあり、全体としては上端から下端にかけて凸状をした細幅縦筋多数本が全面に形成されているものであつて、各縦筋の切れ目は、審決が認定したとおり、各縦筋において不均一な間隔を所々に設けている程度であつて、到底、原告の主張するように凸状小矩形を点々と無数に配したといえるほどのものではなく、引用意匠は、原告主張のイメージを想起させるものではない。
更に、原告は、引用意匠の特徴は全面に市松模様又はモザイク模様風に配した凸状縦長小矩形にある旨主張するが、引用意匠の構成態様は、このいずれにも該当しないものである。
〔編註その二〕 本件に関する意匠は左のとおりである。
別紙第一
<省略>
<省略>
別紙第二
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